紫煙を燻らせて
少々長くなるやもしれませんが。
僕は煙草が好きです。
元は大嫌いで、喫煙者に嫌がらせをするような中学時代と、ヘビースモーカーな父親を文字通り煙たがるという。喫煙者にとってこれほど迷惑な対応はないという時期がありました。
それがなぜ喫煙者になり、「煙草が好きだ」と公言するまでになったのか。
ささやかな物語にしばしお付き合い願います。
ことの始まりは高校2年の冬。
進路に悩む少年・マツルは、地元で1番家から近く「名前を書けば受かる」と蔑まれた市立の学校に籍を置いておりました。
「マツルよ、もうちょっとちゃんと考えろよ」
先生は口を揃えてそう言います。
「いや、わかるよ?かっこいいしな。名前的にも場所的にも。でもお前、今までのテストの成績見たらわかるやろ?もうちょっと現実的に…」
「わかった。じゃあ京大にする」
「ん?なんでそうなった?同志社が第一、立命館が第二やったやん。なんで上がった?」
「え、なんとなく?」
この頃の僕は、進学やら就職やらに現実味を持てませんでした。
それでも、なんとなく大学には入れて、気の合う仲間を見つけてバンド組んだりして、そばかすのチャーミングな女の子と恋に落ちたりなんかして、ダラダラやってる間に現実が重くのしかかってくるとかこないとかで、24の歳には交通事故で死んでしまう予定を立てていたのです。(どこの「ソラ○ン」やねん)
「お姉さんが同志社女子で、従兄弟のお兄さんが同志社やっけ?まあそれで京都に出たいと思うのはいいねんけど、ほら京都にはもっと色んな大学もあるしさ。調べてみいや」
そう言った先生は、僕に一冊の冊子を渡してくれました。これが後に、我が母校となる大学への入口となるのでそこまで早送り。
3年になって初めての進路指導の時間。
僕は先にもらった冊子をパラパラと開いておりました。逆を言うとこの日までその冊子は開かれず学校のロッカーの奥の方に大事にしまわれておりました。
パラパラとしていると、一際堅苦しい漢字の羅列を見つけました。
そう。この大学こそが我が母校となる大学。
なんとなく目に入った事がきっかけで調べてみると、その週の土日にオープンキャンパスがあるらしい。その上学科を見ておりますと映画学科などと言うなんとも胡散臭い、面白そうな学科を発見。
「これは行ってみよう!」
と思い立ち、とりあえず進路希望表に大学の名前を書いておきました。
さてはて、ここまで煙草が一切出てきて無いじゃ無いかとおっしゃる皆皆様。やっとここからです。
土曜日になり、僕は京都へ赴きます。
未知の世界へ旅立つ冒険者の如く。
期待と高揚感に満ち満ちていました。
最寄駅である叡山電鉄茶山駅には、今からオープンキャンパスであろう人がちらほらと。
僕は本館へは行かず直接高原校舎へ向かいました。正面から入り、校舎下をくぐって中庭を過ぎたところが今回の目的地。京都造形芸術大学映画学科高原校舎のAスタジオ。その向かいにあるのがBスタジオ。そして、2つのスタジオの中通路の先にハナミズキが1本、雄々しく仁王立ちしておりました。そして、それを囲むように何やら風格を漂わせたお兄さんお姉さん方が煙草を蒸せている。
それを見た僕にはドカーンと雷が落ちました。
「かっこいい」
何が?と言うわけではなく、何やら格好良く写ったのです。
たぶん、人がと言うよりハナミズキに圧倒されたんだと思います。ハナミズキを中心にぐるりと置かれたベンチと灰皿。そこに人が集まる様が僕の感性に響いたんだと。
オープンキャンパスを楽しく終えて地元に戻った僕は京都造形芸術大学への進学を心に決めておりました。
元来、真面目という性分を隠さずにいられなかった僕は、オープンキャンパスの帰りに煙草を買うなんて勇気はなく、父親に「一本ちょうだい」なんて言うこともなく春を過ごしました。
それからもオープンキャンパスや映画学科の舞台公演に足を運び、人脈を確保しながらも平穏に高校生をしておりました。
そして夏季コミュニケーション入学の受験を合格して大学からの課題をこなす毎日。
そんな中1本のテレビドラマを見ました。
「ダブルフェイス」
西島秀俊さん、香川照之さんらが出演する刑事とヤクザのスパイドラマ。これがまた面白いのなんのと。
そして、その中で西島秀俊さん演じる森屋純が吸っていたのがラークの12mg。
よく赤ラークと言われている煙草ですね。
これを雨宿り中に吸っている森屋純が格好良かった。
そうして赤ラークへの思いを抱いたまま大学に進学。そこから20歳になってようやく赤ラークを買いました。
おい、チキンとか言うなよ。
さてはて、初めて吸った煙草が赤ラークと言うと割と皆さん期待されるかもしれませんが、煙草を吸っていて咽せたことは未だありません。
当時も少し強めのヤニクラを起こしたくらいで、至って正常に日常を過ごしていました。
赤ラークは「大人の匂い」という印象で苦味や辛味を感じることもなく、加えておいしいと感じることもなく。サラッと身体に入ってきました。
大人の匂いに心躍らせながらもどこかで「こんなものか」と思ったことを覚えています。
それからも好きな作品の好きな登場人物が吸っている煙草を吸ってみたいと、エコー・ショートホープ・アメリカンスピリッツ・マールボーロ・ジタン(カポラルが廃盤だったためフィルトレ)・ポールモール・ラッキーストライクを吸ってみてはやめ。
ジャケ買いでキャビン・ショートピース・プエブロ・わかば・ゴールデンバット・ウィンストン・ハイライト・キャメル・セブンスター・JPSなどを吸ってみてはやめを繰り返しておりました。
アメスピは燃焼時間の長さが、ジタンは販売店舗の少なさが、ポールモールも入手の不安定さが、キャビンは併合されて以降、プエブロは2箱連続で中の葉っぱが箱にぶちまけられていたとこが、ゴールデンバットはその辛さが、ウィンストンとわかばは癖を感じて、ハイライトとセブンスターはその重さから、JPSはジャケットと自分のミスマッチが理由で吸わなくなり、マルボロとラキストとピースとキャメルはたまに吸うくらい。基本的にはエコーとホープに落ち着いたのが大学3年の冬ごろでございました。
まだまだ吸ったことのない煙草もあるのですが、いささか当時の冒険心を失くしたことが相まって手を出すにまで至らないのが今の僕の紙巻きタバコ事情。おすすめがありましたら教えてくだせぇ…
それから時が経ち、大学も卒業しようかと言う頃。その時分になりますってぇと何故か遊びに遊ばれ金がない。そんなピンチを切り抜けるために手を出したのが手巻き煙草にございます。
しかし、喫煙も3年目になり巻かれた煙草に慣れてしまっているもんで右も左も分からない。とりあえず適当に買ってみるけどピタッと合わないなんてのが続きまして、ゴールデンブレンド・アメスピ・プエブロ・チェなんてのに手を出してはエコーを買う日々。
何故合わないのか、とりあえず現代科学に頼ろうとネットで色々調べますと、どうやら紙やフィルターが関係しているようで。
フィルターはもとより付けない派だった僕はとりあえず紙を変えてみました。厚手より薄手、漂白はせず無着色無香料。zigzagやrawなんかを通りましてsmokingのオーガニックヘンプ、シネスト、現在はブラウンを使用しております。(パルプだったんですね。ヘンプだと思ってた)
そうこうしてる間に大学なんてのは卒業しちまって、紆余曲折の末に上京。東京で彼女を作ったはいいが「煙草臭いよ」なんて言われる始末で。あんたも煙草吸ってるじゃないのとは言えないあいもかわらずチキン野郎。
そんな時、ネットで見つけたモテ男の秘訣が
「いい匂いのする男」
これだ!ってんでバニラ風味の煙草に目をつけました。
初めはコルツバニラから初めて、これだとバニラが強すぎる。スタンリーバニラ。ドミンゴは癖があるような気持ちでやめて、結局スタンリー。それでも匂いが強いことに悩んだ末に導き出したのが「他の煙草と混ぜてしまえ!」ってことでして、アンバーリーフを混ぜてみた。
これがなかなかな吸いやすさ。
試しにアンバーリーフ単体で吸ってみたらこれまた良い。よし!これだ!とは言ってみても他のも試してみたい。それで手を出したのがぺぺでした。
そのぺぺが思ったよりも気持ちよくて、スタンリーバニラとぺぺを1:2で混ぜ合わせて吸う現在に至りました。
これもまだまだ吸ったことのない煙草が多いんですよ。ほんとに。ただね、一袋買ったらなかなか無くならないでしょ?余計に冒険しずらいんですよ。おすすめ教えやがれください…
紙巻きタバコを吸い、手巻き煙草を吸い。着々と喫煙者としての自覚を持った僕。
それとは関係なく和装に興味を持ち始めます。
なぜ?って?そりゃ、BLEACHの7巻130ページの1コマ目から131ページをご覧なさいよ。浴衣を着たくもなるでしょうよ。
そんなこんなで阿散井恋次の花柄の浴衣に魅了された僕は浴衣を仕立ててもらうのですが、それはまた別の話。
仕立て上がった浴衣を着てみると、これがまた素敵だなんだって巷(僕の心の中)では大騒ぎになりまして「これに合う煙草が吸いたい!」と思ったのが運の尽き。新たな沼へと足を沈めるのです。
そう。煙管。
初めは3000円程度の真鍮煙管を買いまして、それはそれはご満悦。
葉っぱはもちろん小粋。
傾きまがいに逆上せたりなんかして。
それも3ヶ月で正気に戻りましたが、正気に戻ると火皿の小ささが気に入らなくなる。そこで火皿の大きい取り外し可能の宝船の煙管を買ってみるも、大きいのは火皿だけ。煙の通り道は狭いからもっと吸いにくい。
それからと言うもの、安い六角和幸を探したり見た目に魅入られて女持ち煙管を買ってみたり、高めの登り竜の煙管を買ってみたり。
そんな僕に運命の出会いが訪れます。
紅銅上下竹型煙管。
これに一目惚れ。ちょいとお高いけどお構いなし。火皿も大きい、光沢もある、羅宇が真っ黒で上品。
素晴らしい!!
即買い!!
やっぱり惚れた男は弱いですね。
いつもと変わらない葉っぱでもおいしいんですよ。
この頃には小粋の匂いを常用する事が少し辛くなってまして、吸いやすさでいろはに変えました。黒蜘蛛もいいんですけどね、いろはの方が細かいイメージ。
それでもたまに小粋が吸いたくなる。
そうして楽しんでいると、問題発生。
何かの拍子に雁首がポロリ。
しかしここは僕の最近の流行り。リペアです。
ホームセンターなんかに行って竹を買ってきまして、サッとリペア。
こうなると今度は自分で作ってみたくなりまして、現在彫金の修行中です。
さあ、ここまできたら周りが言い始めます。
「マツルくんは煙草好きだね」
「そうかな?まだ知らない煙草も結構あるんだけど」
「そうだよ。少なくとも俺から見ればそうだね」
なんて。
こうなればもう良いでしょう。
人生上見れば限りはないけど、下にだって人はいるんだ。まだまだなのは承知の上で、ここまでくらいは言わせてくれよ。ってんで。
「僕は煙草が好きです!」
さて、こんなことを書いてはみたものの、実を言うと煙草の美味しさや魅力をそれほど分かっていません。
というのも、日常化しすぎたせいか感覚が鈍いのです。
たまに匂いを感じようとしてみますが、どれも似たり寄ったり。もちろんフレーバーを楽しむことは出来るのですが、煙草本来の匂いは鼻に詰まったりすることがあるのです。
味なんて、どれも苦く熱く辛いという印象がほとんどです。
それでも、1人だろうと大人数だろうと煙草で過ごす時間は愛しています。心から何かを取り出す憩いなのです。
煙に酔わされているのか、自分に酔っているだけなのか。
それでも構わない。その時間だけが唯一僕を自由にしてくれている気がしてならないのです。
ここまで含めて、あの日見た煙草に未練たらしく想いを寄せているのかもしれませんね。
Report 2
眼を開けた瞬間、僕は気付いた。
「あ、これは夢だな」
と。
そんなわけで、中世の街並みにはおよそ似つかわしくない褌一丁で見知らぬ場所に放り出された僕は、とりあえず街を闊歩してみた。
「あんた、ほんとに何やってんのよ?」
彼女はチャチャ。
というらしい。
職業は魔法使い、茶色いとんがりハットに赤いワンピースを着ている。
んー、大丈夫か?これ。
どこぞのアニメキャラと丸被りファッションなのだが…?
「ちょっと!聞いてんの?」
「ああ、悪い。ちょっと考え事してた」
「で?何があったらそんなことになるのよ?」
「しらん」
「は!?」
「いやだから、しらん」
僕はすでに開き直っているので、すべてを話した。
「あんた…ついに頭がおかしくなったのね…?」
まあこんなもんだ。
「わかったわ。とりあえず今のあんたは、あたしの知ってるあんたじゃないってことね」
「そういうことになるな。ところでチャチャ、君は僕のパーティメンバーとかなのか?」
「はぁ!?」と言う驚きを飲み込んだチャチャは色々と教えてくれた。
今この世界では、魔王が復活しモンスターが溢れていて、たくさんの冒険者が倒されていること。その中には各国からの勇者候補もいたが、全滅していること。僕はその最後の生き残りであること。そしてー
「あんたは『堕落の勇者』って言われてて、基本的には喰っちゃ寝してるだけの落ちこぼれ。討伐する魔物もダークラビットって小物で、自分が食べる量しか狩らないからパーティも必要ない」
おぉ…なかなかのクズ野郎じゃないですか…
でもまあ、なんか冒険の匂い?普段の地味な作業より断然楽しそうだ!
「色々教えてくれてありがとう。ついでにもう一つ知りたいんだけどさ、魔王ってどこに行けば倒せるの?」
と、教えてもらった通りに進んではみたが…
「こっちであってるのか?地図書いてもらったけど、これじゃわかんないよなぁ…」
僕は最低限の装備を揃えて、チャチャに描いてもらった地図を片手に街を出た。
渡された地図は3歳児の描いた絵を彷彿とさせる代物だった。とりあえず森には入ったけど…っと!ここで第一村人発見!!
「すいません。この森の向こう側へ行きたいんですが…」
「あ?」
と、ふてぶてしい返事をしたこちらの村人。
全身を鋼の鎧で固め、いかにも重戦士な身なりだ。
「おう!兄ちゃんじゃねぇか!生きてたんだな!」
「はい?」
さて、こちらの方は村人ではなく、重戦士マリンさんというらしい。いや、マリンって顔じゃねぇよ…アームスト○ング少佐だよ…
彼が言うことにはー
先日ダークラビットを狩に来た僕は、森の奥深くのところでお色気盗賊団にまんまとハニートラップを仕掛けられ、それはそれは綺麗に騙されていたという。
「あの盗賊団にやられれば、装備品は一つも残らねぇらしいからな。この森の中じゃ殺されたも同然だぜ」
「あはは…そうなんですね…」
突っ込むのもめんどくせぇ…
「お?でも兄ちゃん昨日と同じ剣じゃねぇか。珍しいな、あいつらにやられて武器が手元にあるなんて」
「え?そんなことわかるんですか?」
「あたぼうよ!こちとら武器マニアって二つ名まであるんだ!武器に関しちゃ、その辺の商人なんかよりよっぽど詳しいぜ?」
「そうなんですね!」
鑑定スキル的なことか?でもまあ、こっちに来た時から持ってたなこの剣…
ま、ラッキーだったってことで
「で?この森抜けてどうすんだ?先には洞窟しか無いぜ?」
「ああ、とりあえず魔王を倒しに行こうかと」
にしても驚いてたなぁ。そりゃたしかに貧相な装備かもしれないけど…でもまあ、森の抜け方教えてもらえたしよしとするか!
ということで洞窟前。
入り口から滲み出す冷気がこの先の危険を案じている…ような気がした。
「あなたもこの洞窟に入るんですか?」
声をかけて来たのは、いかにもインテリ系の美少年。眼鏡を外せばさながらドラ○エじゃねぇかってほど。
「てことは君もここに入るの?」
「ええ、この洞窟の先にあるアッソウ丘に行かねばならないのです」
「え?今なんて?」
「だから、この洞窟のー」
「あー、そこはいいや。何て丘だって?」
「アッソウ丘…ですが?」
「ふーん…」
センス…
「あ、僕か…」
「何か言いました?」
「いや!さ、そんなことより進もうぜ!」
「あ、ちょっと!!」
ガチャン。
僕は何かを確かに踏み抜いた。
僕は知っている。
長年ゲームをやっているのだから。
これは…
バタンッ!
おもむろに扉が閉まった。
そして…
「ボーガン…?」
「逃げろ!!」
何十本もの矢が一斉に僕らに向かって放たれた。
僕はこの美少年くんを庇うように走りながら、どうにか剣で矢を落とそうとするが、2波3波と連続に矢が放たれる。止まることを知らないかの如く。
「痛ってー痛ってー!なんだよこれ!夢じゃないのかよ!?」
「は!?あなたは何を言ってるんですか!?と、とにかく!あそこの岩陰でやり過ごしましょう!」
僕らが岩陰に身を隠すまでに、背中には何本もの矢が刺さっていた。
「よくこれだけ喰らって生きていられますね」
「まあ、一応は勇者だからな」
「あなたが?…プッ、ハハハハハ!!」
「何笑ってんだよ!?」
「だって、勇者が…勇者なのに…アハハハハ!」
それからというもの、魔物に襲われたり、毒のトラップを踏み抜いたり、下手な落石トラップや落とし穴トラップに引っかかりながらもようやく僕らは洞窟を抜けた。
「ここが…」
「アッソウ丘…」
「…」
洞窟を抜けた頃には陽は沈んであたりは真っ暗だった。僕らはそこで野営をし、朝を待った。
「勇者殿…」
「ん?どうした、改まって」
「この度は幾重にも重なる困難の中、私をお導きくださり、誠に感謝いたします。我が名はフェムル。賢者です。この御恩、一生忘れません」
「んー、まあ、細かいことは気にするなよ。旅は道連れってやつだ。それにトラップ踏み抜いたの僕だし」
「ところで、勇者殿は何用でこの洞窟を?」
「ん?あー、ちょっと魔王討伐にー」
フェムルと別れた僕は、アッソウ丘を越え、フカダ峡谷を目指した。
「さてと、とりあえずここまで来れたけど…この先はどう行けば…」
僕はこの時、全身から冷や汗が噴き出る感覚を覚えた。地図が…ない…
確かに尻ポケットに突っ込んでいたはずの地図がない…
すると後ろの方から
「にゃははは!」
というとてつもなく奇妙な笑い声がした。
が、ここは無視しておこう。この手の笑い方をするやつは大抵めんどくさい。
「にゃ?」
「うわっ!」
歩み出した瞬間、突如としてその顔が現れた。しかも猫耳ロリ…
「ねーねー、お兄さん。こんにゃ地図使ってどこ行くつもりにゃの?」
唯一の頼りである地図を、馬鹿にしながら目の前に突き出され、言いたいことはたくさんある、聞きたいこともたくさんある。
年端もいかない子供が何故こんなところにいるのか?ついさっきまで背後に居たはずなのに、なぜ僕の目の前に顔を出せたのか?なぜ僕の頭にしがみついているのか?しかし、しかしそれよりー
「猫耳ぃぃいいいい!」
「にゃぁぁぁあああ!?」
こっぴどく打たれました。
「急ににゃにするのさ!」
「いや、その、猫耳への好奇心に抗えず…夢の中だし、それぐらいはいいかな?って…はい、思いました」
そのあと小一時間は説教をくらい、地図については馬鹿にされ、ろくな装備をしてないと罵られ、挙げ句の果てには、ロリコンだのケモナーだのあらぬことまで言われる始末…ほんとに、なんなんだ…
「で、お兄さんの目的はわかった。でも、行かせられにゃいね」
「え、なんでだよ?」
「だって、お兄さんはこの世界にょことを知らにゃすぎる」
この猫耳ロリの言うことにゃ、
魔王と相対するには必要な装備がいくつかあって、その装備は『勇者』以外の役職を持つパーティメンバーが必要なのだという。
「聖霊の杖を持つ魔法使い、闘神の鎧を持つ戦士、原初の本を持つ賢者、身代わりのローブを持つシーフ、光の剣を持つ勇者。その5人が揃って初めて、魔王に立ち向かうための権利が与えられるんだにゃ」
「なるほど。じゃあ、僕には魔王に対抗するためのピースが揃ってないってことか。そもそも、僕の剣は錆び錆びのこの剣だけだし…」
「光の剣についてはボクもあんまり知らにゃいのにゃ…でも、他の装備に関してはアテがにゃくもにゃいにゃ」
「え、そうなのか?」
「にゃにせ、このボクこそが身代わりのローブを持つシーフにゃのだから!」
「おお!すごいじゃないか!猫耳のロリっ娘!」
「誰が猫耳ロリっ子にゃー!!!!!もう!せっかく為ににゃること教えてあげようと思ったのに」
「悪い悪い。で、その為になることって?」
「にゃひひぃ、お兄さんに魔王討伐の権利を授けましょう!」
猫耳ロリ娘は、誇らしげに懐から何かを取り出して、誇らしげにめいいっぱい高く掲げた。
僕の目線まで。
「これは?」
「ふふーん、魔王城の鍵!の、在り処だにゃ!」
「おお!でかしたぞ猫耳娘!!」
グリッ
僕はこの時、足先に激痛を感じていた。
足の小指の関節を、それもものすごく的確に踏みにじられたのだ。
「痛ったい!!!痛っったい!!」
「だから、誰が猫耳娘なんだにゃ、ボクにはちゃんとニャ前があるにゃ!」
僕はケンケンの要領で足を庇うことで精一杯だったが、それでは話が進まないので必死に堪えて聞いた。
「悪かったよ。で、お前の名前はなんなんだ?」
「ふっ、よくぞ聴いてくれた!!我こそは!ー」
「おい待て」
「にゃ、にゃんにゃのだ」
「嫌な予感がする。名前だけを教えてくれ」
「にゃ!?にゃん…だと…」
そう、あのフレーズはまずい。ここに来てあのロリっ子アークウィザードを丸パクリされては、いくら夢といえ都合が悪い…
猫耳娘はしばらく頭を抱えたが、案外素直に受け入れてくれた。
「わかったにゃ。ボクの名前はニャンニャンだニャ」
そっちかぁぁぁあああああ!!!!!
ニャンミンとか、メグニャンとかじゃなくそっちかぁぁぁあああ!!!
「ニャ、ニャンニャン…それはそうと、権利を与えるって言っても、僕はパーティメンバーとかいないぞ?」
「そのへんはボクに任せてくれにゃ!めぼしい人間は心当たりがあるにゃ!」
「そうか、じゃあ鍵は?」
「鍵も僕が取ってくるにゃ。場所がスイ洞窟って言う、アッソウ丘の向こうにある洞窟にゃのにゃ。どうせ、パーティメンバーを集めに戻らになくちゃいけないし、ちょうどいいにゃ!」
「そうか?なんか、何から何までありがとな」
「この戦争が終われば、きっと平和ににゃるにゃ…その為にゃら、尽力は惜しまにゃいのにゃ!」
僕はニャンニャンと別れたあと、言われた通りに周りの敵を倒してレベリング?しながら彼女の帰りを待った。
「そこそこ倒したな…あんまり強くなってる気がしないけど、まあ、こんなもんなのかな?剣の錆もちょっとは取れてきたかなぁ?」
ー貴様か…吾の縄張りを荒らす輩というのは…ー
「だ、誰だ!?」
ー吾は…って、おい。どこを向いている。おい!こっちだ!こっちだってば!!ー
「くっそぅ…身を隠しながらとは、卑怯だぞ!!」
ーえ!?いや、だからこっちだって!後ろ!後ろ!ー
声のまま後ろを振り向くと、大きな谷を挟んだ対岸に、それはそれは恐ろしいドラゴンの姿があった。
ーここは吾の縄張り。貴様のような人間風情が、剣を振るい、吾が家族を手にかけたこと…万死に値する!ー
「くっ…逃してくれそうにないな!」
ドラゴンは大きな漆黒の翼を広げ、暗雲の立ち込め始めた空に飛び上がった。
次第に暗くなる視界の中で、赤い球体が浮かび上がる。僕は直感的に剣を脚元に構えた。
赤い球体はドラゴンの口元で熱を帯び、その熱気が僕の肌を焼くように道を示した。
「オラァァアアア!!」
僕はドラゴンを目掛けて一直線に突撃した。それと同時にドラゴンも赤い球体を勢いよく撃ち出す。構えた剣を振り上げ、赤い球体を弾こうとするも、それのもつ勢いは常軌を逸していた。その上、とてつもない熱を帯びている。汗が噴き出すと同時に水蒸気と化し、僕の体力を削っていく。決死で振り抜いた剣は赤く染まり、熱の強さを痛感させられる。
ー吾のファイアボールを弾き返すとは…なかなか…ー
「へっ、あんな強烈なの撃っといてよく言うぜ…」
赤い球体が今度は4発、右に、左に躱しながら前へ進む。進んだ先、上空からドラゴンの尻尾が降ってくる。躱した!そう思ったが、背後からはその衝撃波が襲ってきた。
僕は大きく吹き飛ばされ、叩きつけられた地面は割れている。こんなのまともに食らってちゃ命がいくつあっても足りない…
勝てるのか?舞うように飛び、戯れるように一撃必殺級の攻撃を繰り出す相手に。
考えろ、考えろ。ドラゴンと戦うにはどうする?RPGじゃ魔法か?でも、僕は魔法なんて使えない…相手の攻撃を受け切るだけの鎧も、弱点を読み解く本も、身代わりのローブも…待てよ…?
「おい、お前が魔王なのか?」
ー否。吾は魔王ではないー
マジかよ…こいつより強いってことか?…
どうする?どうする?考えろ考えろ…
まずはあの機動力…翼を落とすか?どうやって?こっちには遠距離攻撃なんてない…
くっそ…こんなんなら仲間集めときゃよかった…奴を落とす方法、落とす方法…あ…
「おいドラゴン!さっきからファイアボールとやらで牽制してから不意をつくだけか?あれ、もしかして…ビビっておいでですかぁ?」
ーなっ!?なんだと貴様…この吾を愚弄するか…いいだろう…貴様のその挑発にのってやる!ー
乗ってきたー!!!
宣言通り、ドラゴンは遠距離攻撃をつかわなくなった。しかし、尻尾から繰り出される強烈な攻撃は続く。チャンスは一回。
横打ち、なぎ払い、そしてー
振り下ろし!!
尻尾を躱す瞬間、尻尾が地面に打ち付けられた一瞬、奴の動きが止まるのはその一瞬のみ!!
爆風に煽られる刹那に、奴の尻尾に剣を!!
ーぬぉぉおおおおお!ー
「いやぁ、空飛んでるってこんな感じに見えるのかぁ」
ー離せ!離れろ!ー
「ニヤリッ」
暴れるドラゴンを尻尾から登る。
しかし、ドラゴンの鱗というのは堅く、簡単に手足を引っ掛けることが出来るという事実をこの時初めて知った。
イモムシの如くニョキニョキ進み、首元まで到達した。
「こりゃいい眺めだなぁ!天気最悪だけど…あ、あそこが初めの森か?結構きたなぁ」
ーくっ!落ちろ!んぬっ!落ちろー!ー
「そんなに暴れるなよ。本当に落ちたらどうするんだ?」
首元から見える景色は、それはもう素晴らしかった。僕が旅を始めたあの街まで、全てが一望できる。
広大な丘、洞窟の岩肌、緑豊かな森、民家の屋根。その全てが懐かしく、愛おしく思えた。
「さて…」
僕はドラゴンの首元に剣を突き立てた。
カンッ
が、弾かれた。
「あれ?」
カンッカンッカンッ
あれれ?さっきは刺さったのに。
しかし、降りるに降りられないからこうするほかない。
カンッカンッカンッカンッカンッカンッ
「お前、なんで効かねーんだよ!!」
ー効いとるわ!!微量ながらも体力削られとるわ!!ー
そのあと何度も何度も繰り返したが一向に刺さらない。
僕もスタミナが切れてきた。僕は大きく、ドラゴンはちょっと息が上がってきた。
「くそっ!くそっ!くそっ!くっそぉぉおおおお!」
その時、僕の剣が光った気がした。
そしてー
ザンッ
「え?」
手応えとしては会心の一撃、的な?でもそれよりも、首が傾き、地面に落ちていくドラゴンの頭の方が衝撃的だった。
なんてことよりも、首からしばらくして落ちていく胴体のほうが問題なんですけどぉぉぉぉお!?
「ちょっと、ちょっとあんた?何してんの?」
聞き覚えのある声だ…これは…チャチャ?…
「お?兄ちゃん、こんな剣どこで手に入れたんだよ!これは紛れもなく光の剣じゃねぇか!」
聞き覚えのある声2だ…
「勇者殿!お気を確かに!勇者殿!!」
聞き覚えのある声3だ…
「お兄さん、大丈夫にゃのにゃ?」
聞き覚えのある声4…
「は!!あれ?僕は…」
「そこで死んでたにゃ」
「は?」
「僕が復活の呪文をかけたんです」
「フェムル…」
「あんた、大丈夫なの?」
「チャチャ…ニャンニャン!マリンさん!」
「な、何なのよ!?いきなり抱きついてこないで!」
「ハハッ、兄ちゃんが困ってるから助けてやってくれって、この猫の嬢ちゃんに言われてな」
「だから…ニャンニャンってニャ前がちゃんとあるにゃ」
この夢の中で出会ったみんなが来てくれた…
僕はそれがどうしようもなく嬉しかった。
空はいつしか、雲が晴れ一筋の光が差していた。
「ほら、行こうぜ!」
「そうですね、行きましょう!」
「ちょ、ちょっと待つにゃー!」
「べ、別にあんたのためじゃないから!」
「みんな…うnー」
ベシッ
強い衝撃が、僕の頭を貫いた。
「ん、んぁ?」
「んぁ?じゃねぇよ!お前会社に何しに来てんだよ!」
目を開いた僕の前には、上司の須藤が立っていた。血の気がひいていく。スーツの質感が、机の匂いが、感覚全てが現実に引き戻されていく。
「あ、はい…すいません…」
周りの嘲笑が聞こえる。
ああ、またいいところで帰ってきてしまったのか。
僕は落胆した。
「いいか?お前みたいなな、馬鹿みたいな夢を見てたクソをうちの会社は雇ってやってんだよ!感謝してしっかり働けグズが!」
「はい…」
そうだった。
僕みたいな中途半端な奴は、何をしたって中の下だ。
夢だ希望だなんて言っても、所詮は現実。つまらないことが最前提。
あぁ、学生時代に戻りたい…ただ妄想に想いを馳せて、漫画で食ってこうなんて考えてたあの頃に…それだけで良かったあの頃に…
ED「春を告げる」yama
Report 1
その日、私は産まれた。
目を見開いた時、周りの大人が妙に騒いでいたことを僅かに覚えている。
3歳になってからその理由を知った。
透き通るような白髪に、色の違う左右の目。
左の藍色は天を、右の黄色は地を象徴するらしい。
物心ついた頃には、私は「神」と呼ばれていた。
この世界で唯一、すべての権限を持つ者。国の行政、経済、文明研究、ひいては人の生き死にまで「神」の一存で決めることができる。
そんな私を大人達が見逃す筈もなく、私を利用するための利権争奪戦が行われた。
生まれて20日で産みの実母が撲殺され、それから3日で実父が斬殺された。私を保護した祖母は1年で毒殺され、祖父は自らの命を守るために聖教会へと私を受け渡した。
その後、私は「神」としての英才教育を受けた。2歳になる頃にはすべての文字を操り、数字の計算もお手の物。
3歳になる頃には立ち居振る舞いを矯正し、「奇跡」の使い方も教え込まれた。
そして、6歳の誕生日。その頃になると、私は自らが「神であるのだ」と認識させられていた。
気付いた時には、私は草原で倒れていた。
「おい、大丈夫か?…おい!」
「きゃっ」
私は反射的に後退りしていた。
声をかけてくれていたのは、私とさほど変わらない歳の、頭から布を被り、紐で結んだだけという貧相な形をした獣人だった。
私は理解に戸惑った。なぜ私の目の前に獣人がいるのか、そもそもここがどこなのか、何故こんなところに居るのか。
「お前、もしかして…」
「やめろ!近付くな!!」
一瞬、眩い光が辺りを包み込んだかと思えば次の瞬間には、彼は突き飛ばされたように尻餅をついていた。「なにが起こったのかわからない」そんな彼の表情から目を逸らせなかった。彼は、スッとその場に立ち上がるとこちらに歩いてくる。
「す、すまない…助けようと手を差し伸べてくれたことには感謝する。しかしー」
「お前、塀の中の神様とかいうやつだろ?」
私の言葉を遮って、彼は言った。
「えっ?」
「その白い髪に、左右の目。こっちにだって話くらいきてる」
お前みたいなのが神様なのかよ。
そんな言葉が聞こえた気がした。
「今…」
「なんでもねぇよ」
そう言うと、彼は自分の服を脱ぎ、私の頭に被せた。
「脚の怪我、治療するから村に行くぞ」
私は、そんな彼の言葉に言われるがまま歩いた。
今私がどこへ向かっているのか、どの方角に歩いているのか、それすらも分からない。ただ、彼について行くことしかできなかった。
村につくと、そこには沢山の獣人が暮らしていた。木造の家、田畑、高台の上の風見鶏、私の知らない世界。
獣人は悪魔の化身だと教えられていた筈なのに、ここに暮らす獣人たちは普通の人間と変わらない。むしろ、私の知っているそれよりもはるかに温かく、居心地がいい。
すれ違う者たちの表情が、風の温度が、街の匂いが、生活の音が、全てが柔らかい。
「その服、絶対に脱ぐなよ」
「何故?」
「いいから、とりあえず言うこと聞いてろ」
「わかった…」
それから私は、彼に連れられて大人の獣人に手当てをしてもらい、彼の家でしばらく休むことになった。
優しい布団の温もり、陽は西に傾き、あたりは橙色を帯びていた。
「もう起きて大丈夫なのか?」
「ああ、ありがとう」
「だいぶマシな顔になったな」
「え?」
「なんだよ、自分で気付いてなかったのか? さっきまではスゲー顔してたんだぞ?」
「そう…なのか」
「別に気張んなくたっていいよ。ここは塀の外だ」
「どういう?」
「ここではお前はただの人間。神様でもなんでもねぇってことだ」
「私が…人間…」
「どうする?母ちゃんが晩飯用意してっけど、食ってくか?」
「あぁ…」
それからわたしは、初めて誰かと食事を共にした。彼はその日の出来事を笑って話し、彼の母はそれを笑って聞いていた。こんなに騒がしい食事も初めてだった。
食事が済み、わたしが帰る支度をしていると、彼の母が「泊まって行け」と言ってくれた。夜は肉食の獣が多く、一人では危険なんだそうだ。
彼は自分の部屋にもう一つ布団を敷いてくれた。わたしがそっちで寝ると言っても聞かず、わたしがベッドで寝ることになった。
「ねえ、なんでわたしを助けてくれたの?」
「なんでって…別になんででもねぇよ」
「わたしの暮らしてた場所ではね、獣人は野蛮で凶暴なんだって…そう教えられてきた」
「はぁ!?なんだよそれ!」
「だから、見つけ次第殺処分せよって」
「…俺たち獣人は、獣と同じだ。お前らの国では、心を持ち理性的な者は『神』とやらに愛された特別な存在なのかもしれねぇけど、人も獣人も結局は生き物だ。たとえ種族が違っても、持ちつ持たれつ、共存しなきゃなんねぇ」
彼はそこまで言うと、窓の外の月を見ながらこう続けた。
「さっきさ、服を脱ぐなっていったろ?実は、獣人の中にも人間をよく思わない奴らがいるんだ。俺たちの皮膚は、塀の中では高価で取引されてるらしい。そのせいで、いろんな村が襲われてる。親を殺されたやつ、子を殺されたやた、恋人を殺されたやつ。そんな奴が村にはごまんと居る。だから、人間に向かって敵意を向けるやつが出てきても不思議じゃない」
「でも、君は助けてくれた」
「獣にはな、獣のルールがあるんだ。俺たち獣は、自分の食わない奴を襲わない。襲ったって無意味だからな。俺たちが武力行使するのは、自分たちの食材になる奴か、群に敵意を向ける奴だけだ」
「ならわたしはー」
「お前は、俺たちに敵意を持ってんのか?」
「それは…」
「人間は食わねぇ。敵意もねぇ。なら、争うだけ無駄だろ?」
「うん…そうだね」
それからわたしたちは、言葉を発することはなかった。
わたしは、安心したように眠りについた。
ブォォォオオオオオ
深夜、わたしたちは大きな音に起こされた。
それは、敵襲を知らす笛の音だった。
「敵襲ー!敵襲ー!人間の軍勢だ!!」
「男どもは武器を持って戦闘に備えろ!」
「女子供は東の森へ!!」
そんな声が村に響く。
あたりが次第に騒がしくなり、わたしも彼らと共に東の森へ向かっていた。
どれくらい時間が経ったのだろうか?西の方角はまだ夜中だというのに赤く染まっている。周りの子供たちは怯え、女の人が子供をあやす。昼ごろの温もりはなく、みんな恐怖に冷めきっている。
村を襲ったのは恐らく塀の中の人間だ。
「おい、どこ行くんだよ?」
彼がわたしの腕を掴んだ。自分でも気づかないうちにわたしは村へ向かおうとしていたらしい。
「わたしなら、止められるかもしれない」
「ダメだ。止める前に巻き込まれたらどおするんだ?」
「でもっー」
「『でも』じゃねぇ!死んだらどおするんだよ!」
「大丈夫だよ」
「大丈夫じゃねぇんだよ!生き物ってのは簡単に死んじまうんだ。俺はもう、大事な誰かが殺されるとこなんて見たくねぇんだよ…だから、行かないでくれよ。俺たち友達だろ?」
その時初めて理解した。
そうだ。彼は…彼の言葉は…
「うん。友達だよ。だからこそ」
だからこそ止めなければいけない。友達と言ってくれた彼の為に。私をわたしとして受け入れてくれた人たちのために。
大丈夫。だってわたしはー
「だって私は、神様だから」
周りの目が痛かった。わかっていてもやっぱり辛い。
「やっぱり、みんなの前であの服脱ぐのは不味かったかな?」
「当たり前だろ?だから注意してたのに」
あの後、わたしは被っていた服を盛大に脱ぎ去ったのだが、やはり今襲って来ている敵の親玉みたいのが急に現れたことにみんなが戸惑っていた。居た堪れなくなりながら村の方へ戻る私に彼はついて来てくれたのだ。
「向こうに残っててくれて良かったのに」
「バカだろお前。あんな所に居たら、俺がドヤされちまう」
わたしたちは走りながら、この戦闘を止める方法を話し合った。
「いいか?高台までは俺が先導する。それまでは絶対に俺から離れるな」
作戦はこうだ。
地理に詳しい彼が先導し、高台まで隠れながら進む。高台に着いたら、彼は周りの人間を引きつけながら逃げ、わたしが上まで登る。そこで武装解除を叫ぶ。
と、至って簡単なものだ。
「いいか?簡単に思うかもしれないが、戦闘中の中に突っ込むんだ。少しでも危険を感じたら逃げることを最優先しろ。頼むから死んでくれるな」
「うん。ありがとね」
それから森を抜け、火の海と化した村に入った。
家が焼け、田畑が踏み荒らされ、あの優しい光景の見る影はない。負傷した兵士の焼けただれた肌、炎の暑さ、燃える木と鉄の匂い、人々の呻きと剣の交わる金属音、昼間の光景とはまるで別世界のようだ。
どうして…何のために…そんな事を考えながら、わたしたちは走る。
高台に着くと、彼は近くの兵士に石をぶつけて逃げていく。そんな彼を追うように人は居なくなり、わたしは急いで梯子を駆け上がった。
ー我、ここに伝えんとする。
我が祈りを糧にし、我が声を響かせたもうー
「私は神なり!武装解除せよ!!」
奇跡の力で何十倍にも膨れ上がった私の声は、村中に響いた。そして、一人、また一人と剣を下ろす。
よかった…止まってくれた…
「逃げろ!!!」
彼の声。
しかし、その言葉が聞こえた時には遅かった。高台は火矢の総攻撃を受け炎上し、わたしの足元は大きく崩れていった。
「おい!大丈夫か!?」
彼が必死に声をかけてくれてる。わたしを心配してくれている。不安にしちゃダメなんだ。たった一人の友達を。
「大丈、夫…わた、しは大丈夫、だから…そんな顔、しないで?…困ったときは…神、様が…助けて、くれるんだって…あれ…?神様って…わたしだっけ?…」
「信じねぇ…信じねぇぞ!!俺は神様なんて信じねぇ。もし、ほんとにそんな奴がいるとしたら、なんでお前がそんな顔してんだよ!!なんでお前が…そんな苦しそうにしてんだよ!!」
ああ、この子はわたしをただの生き物としてみてくれている。
神であることを強要され、わたしの意志を無視されていた塀の中とは違う。
わたしはきっと、この温もりとこの言葉を望んで塀の外へ出たんだろう。
「おやおや、これは珍しいこともあるもんですな」
第一司祭の声がした。
両親を、祖父母を地獄へ誘った男…
「ガジュ司祭…」
「よもや神様がここにいらしていたなんて…何、そんなに怖い顔をしなくても。増えた害獣を駆除しに来ただけですから」
「害獣…だと…?」
彼の毛が逆立っているのがわかる。
優しく抱きかかえてくれていた腕が熱を持ち、震えている。
「神に愛された我々人間に、何の利益ももたらさない獣など、この世界には必要ありませんからね。そもそも、我々が許した数を超えて棲息していること自体が、神への侮辱だというのに…」
「こいつが…そう望んでるってのかよ?…」
「いえ?我々を捨て、獣程度と仲良くしているような小娘はー」
ズドンッ
「…矢?」
「『神様』でも何でもありませんよ」
「お前…」
「さて、我々のような高貴な種族に詐欺を働いた不成者も成敗できましたし、残りの毛皮をどうにかしましょうか」
「これが…これが貴様らのやり方かぁぁぁあああああ!!!」
「はっ」
明かりの消えた部屋、腕の中には何故か犬のぬいぐるみを抱いていた。
パソコンの明かりだけが煌々としている。
時計は深夜1時を指す。
「夢か…」
僕はどうやら夢を見ていたらしい。
動悸が激しい。いやにリアルな夢だった。
「また徹夜か…」
喉が乾いていた僕は、コンビニで飲み物を調達するため、深夜の新宿に足を踏み出した。